辞めたい時がフリーランスのチャンス|システムエンジニア(SE)

将来設計に全く目処が立たなかったので2年で辞めました

SE(システムエンジニア)辞めたい

システムエンジニアの仕事を続けていると、幾度となく辞めたいと思う時があります

私の場合、まず辞めたいと思ったのは最初の会社に入社してから2年が経過した時でした。

高卒で入社した私は、初任給が10万円にも満たない程の額でした。

同期の人間が、1年目から数名程辞めて行きました。

私は、何とか留まりましたが、2年目にもらった給与に幻滅をしてしまいました。

数千円ベースアップしただけで、社会人2年になっても自分1人の力では生活自体が成り立たなかったんです。

その会社では、私が2年間お世話になっている間にも、ボーナスの計算方法が2度も代わり、支給自体が少なくなる計算方法を社員には分からないように、複雑にしていたんです。

これでは、将来設計に全く目処が立たず、何の未練も無いと思い、私は2年間お世話になった会社を後にしました。


無料相談はseフリーランスの不安材料解消の場

SE(システムエンジニア)辞めたい

3年目から、私はフリーランスとしてシステムエンジニア(SE)の仕事に就きました。

その時の私の契約金額は、1ケ月25万円でした。

その金額は、契約時に希望額を相手のコンピュータ会社に聞かれたので、思い切って言った金額だったんです。

それが足元を見られてしまい、当時の私がもらえる金額の相場は35万円だったんです。

相手に金額を言わせて、想定より安い金額を言った場合、その金額で即契約成立です。

私は、1年間の契約書を作られてしまったので、毎月相場よりも10万円安い金額で、年収にして120万円程低賃金で働かされてしまったんです。

今でも、このような会社はたくさんあります

seフリーランスの業界の相場がわからなかったために、そのような会社に引っ掛かってしまうんです。

だから、私はそのような会社に引っ掛からないためにも、「ギークスジョブ」などの無料相談などで、自分の経歴ではフリーランスとして月単価幾らの仕事に就けるかということを、確認するべきとしてオススメしています。

無料相談は、無料で受けることができるので、気軽に申し込んでseフリーランスに成るに当たっての不安材料を払拭することが可能です。


仕事を受けるか受けないかの判断基準は60万円

SE(システムエンジニア)辞めたい

私は、seフリーランスになってから、その後は順当に仕事をこなすことができました。

最初は、契約先の会社に足元を見られてしまい、年間120万円もの金額を損してしまいましたが、フリーランス2年目の時は契約金額を一揆に20万円アップに成功しました。

SE経験4年にして、45万円は妥当な金額でした。

私的には、満足のいく金額でした。

毎年10万円づつ契約金額を上げて行き、60万円になった時はどうやらそれがフリーランス業界の相場でした。

ただ、条件が良い仕事というのもたまにはあって、70万、80万の仕事もあれば、60万円に満たない仕事もありました。

私の中では、60万円が仕事を受ける時の判断基準として、仕事を受けるか受けないかを決めるようになりました。


フリーランスの特権|仕事現場が選べる・嫌な上司ともさようなら

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私は、1箇所で何年も仕事をするということが不向きな人間でした。

飽きてしまうというか、有識者になりたくないというか、同じ環境で仕事をするのは2年間が限界でした。

だから、3年目の契約更新は受けずに別の現場での仕事を希望していました。

私には煩わしい人間関係も無く、生き生きと仕事を続けることができました

現場には、当然気に食わない上司などもいましたが、立場上その人のいうことを「へぇへえ」と、訊かなくてもいい立場で現場に参加できたんです。

その結果、自分の経歴(スキル)を見返すと、広く浅いスキルになってしまいましたが、それはそれで満足をしています。

プロパーで仕事を続けている人は、仕事現場を自在に変えられるようなことはできませんよね!?

現場に嫌な上司がいても、会社を辞めない限り、嫌な上司とも顔を合わせないわけにはいかないんです。

ましてや、嫌いな上司に目をつけられていたりしたら最悪です。

最悪、自分の性根までへし折られて、人格さえ変わってしまう可能性だってあるんです。

そうならない為にも、1度「ギークスジョブ」の無料相談を受けてみた方がいいと思います。

プロパーの人が、フリーランスになった時の金額は本当に今の自分がこれだけの金額をもらえるのかと、思わず嬉しくなってしまうものです。

そのような金額を手にした暁には、別の展開も見えてくるのではないでしょうか?


フリーランス10年目で地獄のような現場

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私がフリーランスとなって10年目に、地獄みたいな現場がありました。

その現場では、月曜日に出勤したら日曜日まで家に帰れずに、日曜日に帰ることができても臭いから風呂に入るために帰されるようなもので、仮眠をとったらすぐに月曜日の出勤です。

最終電車で家に帰り、次の日は7時には家を出ていました。

1度出勤したら最後、日曜日の最終電車まで帰れないんです。

そのような生活が半年間続きました。

1月にぶっ倒れる人が2人程発生し、救急車が毎月2回は出動していました。

そのような地獄の現場では、F社の課長が毎回毎回怒鳴り散らしていました

そのような状態だったので、現場は殺伐としていて、トイレにはそのF社の課長の名前が彫刻刀のようなもので、「○○死ね!!」と、掘られる始末

その甲斐あって、その課長はプロジェクト終了時には見事に部長へと昇進しました。

私は、毎月の勤務時間が400時間越えで、もらえる給与は2人月分でした。

お金を使うようなこともなかったので、ちょっとした小金持ちになっていました。

毎月の給与が150万円腸でした。

それがモチベーションとなり、そのような殺伐とした現場でも、続けることができたんだと思います。

そうじゃなかったら、こんな現場、ハッキリ言ってやってられないですよ!!

当時は、眠気覚ましの「モカ」ってあるじゃないですか?

あれを飲んだら、とってもハイになってしまい、ラリってしまったこともありました。

仮眠をとるため、乗った最終電車では、お化けに遭ってしまい、とても不思議な体験をしたこともありました。

そのような過酷な現場でしたが、およそ2年間続けて3年目には御断りをして、次の現場に就かせてもらいました。

あれがプロパーでそのような待遇だったら、とてもではないですが、続けて行くことはできなかったと思います。

今頃は鬱病(うつびょう)にでもなっていたのではないでしょうか?
精神を患ってしまったら、直ぐには治りません

そうなる前に、フリーランスになっていたらそうはならなかったのかもしれませんよ!!

私は、その後殆ど残業が無いような環境で、約6年間仕事を続けました。

6年と言っても、同じグループ内の仕事で作業内容と出向先は3箇所変わりました。

その間は、僅かな残業はありましたが、徹夜は一切ありませんでした。

今ではその現場からは離れていますが、未だにその現場からはお誘いを受けています

機会があったら、再びお世話になることも検討しています。


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